自分より大切なもの 「そのうちに、わかるよ。」 その言葉を聞いた直後、急に世界がゆがみ、崩れ落ちた。 「もう、朝だよ。早く準備しなさい。」 しばらく呆然としていたようだが、声をかけられて完全に覚醒する。 「すぐに準備します。」 声をかけられたほうに言う。その姿はもうなかったようだが…。 夢…。最後の言葉以外は何も覚えていない。思い出すのは難しそうである。 私はあきらめて働く準備をする。と言っても、少し体を動かすだけなので時間はかからない。 仕事というのは、仲間と協力して食糧を探すこと。自分よりはるかに大きなものを運ぶこともあれば、時には戦わなければならない時もある。 敵襲があった時も戦うのだが、そちらは専門の要員がいるので大丈夫らしい。 今日も外で大きな食糧…名前はわからない。が、死んでいた。もちろん、自分より大きいものなので仲間と巣へ持ち帰る。 ちなみに、今日は不作で、自分たち以外には1つしか見つからなかったらしい。 貯えがあり、多少の期間は大丈夫と聞いて安心した。何日も暮らしているが、知らないこともまだあるようだ。 ある日、出先で雨が降り出した。ここまではよくあることなのだが、今日はいつもと少し違うようだ。 なにやら、雨の勢いが強い。多少、体は水をはじくが、あまりもたもたしていると流されて巣に帰れなくなってしまう。 「食糧を捨てて巣に戻りなさい!」 その声を聞き、急いで戻る。幸い、巣までは遠くなかったので流されずに済んだ。流されてしまった仲間もいるだろうが、私にはどうしようもない。 その後も雨は強くなったが、巣のあるところは少し高い所にあるので水没は免れた。 入口から少し砂や泥が入ってきたが、問題ない程度だった。 次の日、違う巣の者が来たが、すぐに追い返したという話を聞いた。 どうやら、大雨によって移動してきた者たちらしい。 あまりたくさんいたわけではないそうだが、注意を促された。 さらに次の日、出先で食糧を運んでいると、見慣れぬ者たちがこちらへ向かっているのが見えた。 仲間か敵かの確認をしに行った1匹が叫んだ。 「敵だ!」 いつか出会うかもしれないと思ってはいたが、こんなにも早く遭遇するとは思っていなかった。 あたりは噛み合ったり、毒を飛ばしあったりと殺すか、殺されるかの状況になっている。 最初に確認をしに行った者はもう、死んでいるようだ。 と、こちらに一匹近づいてきている。 私は恐る恐る、敵味方確認の行動をした。 確認した相手は味方であり、ほっとした。 いや、ほっとしている場合ではない。すぐに自分も戦わなければいけない。 が、怖い。殺すか、殺されるか…。 どれくらいの時間が経ったのかはわからない。 私がおろおろしている間に戦いは終わっていた。 あたりには敵味方、両方の死骸がある。 味方の姿があり、敵の姿が見えないことから、かろうじて勝ったようだ。 が、こちらの数もかなり減っていたものみると、苦戦したことがわかる。 その日、巣に戻ってから、昼間戦っていた仲間に聞いた。 「戦うのが…死ぬかもしれないのに怖くないのですか?」 相手は、少し考えてからこう答えた。 「もちろん、怖いよ。でも、もっと怖いこともあるでしょう?」 「よく、わかりません。死ぬことが一番怖いのじゃないんですか?」 彼女は、体についている…昼の戦いでついたであろう傷を見ながら言う。 「私も最初はそう思っていたけど…。いつからか、考えが変ったよ。」 彼女は最後に、こう付け加えた。 「そのうち、わかるよ。」 その後数日は、あまり大きな戦いはなかった。 毎日、出先へ行く時に敵を見かけた。もう、確認しなくてもわかる。 たまに、小さな戦いはあったが、私は逃げ回ったためか運良く生きていた。 最近は小さな戦いしかないため、あれほどの戦いは、もうないと思い始めた頃。 いつもと同じように、仲間と食糧を探していた。 今日は敵も見当たらないため、安心して出先へ行くことができた。 いつもと何かが違う気がした。が、大物を見つけたため、すぐにその違和感は忘れてしまった。 大物を捕まえ、いい気分で巣にもどって行った。 なにやら、巣のほうが騒がしい。 いや、いつも騒がしいのだが、何かが違う。 「早く、巣へ!」 その声を聞き、私は急ぐ。 「守りを固めろ!」 その声を聞き、全てを理解した。 巣が、攻められている。 戦いは何度も見ているが、出先のときと様子が違う。 敵の数が多いから。それもあるだろう。あのときよりも多いくらいだ。 が、それだけではない。 何かを必死に守っている。そんな感じだ。 巣の最深部…女王を。 私は、巣の最深部へ急いだ。 もう、敵が巣の中まで来ている。 巣の内部の地図は頭に入っているので、逃げ回りながらも確実に女王へと近づいていく。 かなり奥のほうまで敵が来ているらしい。 この先が女王の部屋…。 そのはずなのに、敵が3匹、見える。 味方は2匹。一方はあの夜、話をした彼女である。 周りには敵味方の死骸があり、女王の護衛も死んでしまったようだ。 と、敵の1匹が崩れ落ちた。すでに毒がまわっていたようである。 これで互角。かと思いきや、味方も1匹が崩れ落ちる。 よく見ると、彼女も満身創痍の状態である。 助けに行かなければ。そう思っているのに、体が動かない。 やはり、死ぬのが怖い。自分が死ぬのは嫌だ。 数により分がある敵が、動いた。 顎で、彼女に噛みついた。 その隙に、もう一匹が女王の元へ行く。 彼女は、自分を噛んでいるほうではなく、女王の元へ行こうとするほうに噛みついた。 その瞬間、私は理解した。 自分が死ぬよりも、恐ろしいこと。 女王の、死。 自分たちは死んでも、まだ代わりがいる。 が、女王はそうはいかない。 女王が死ねば、自分の巣の…一族の死につながる。 だからこそ、みんな自らの命を賭して戦うのだ。 理解した瞬間、私は勝手に体が動いていた。 女王に近づこうとしている敵に、噛みつく。 敵は私に気づいていなかったのか、驚いて…いや、もう死んでいる。 噛みついた相手の死を確認した瞬間、私に衝撃が走った。 彼女に噛みついていた蟻が、私に噛みついている。 彼女は…すでに死んでいた。 私は、朦朧とした意識の中で相手に噛みつこうとした。 が、先ほどの不意打ちとは違い、1対1の戦いが初めての私は、押し負けている。 その時、私の目に大勢の味方が見えた。 敵は、1匹では何もできず、殺された。 それを見ていた私は、安心した。 この感じでは、地上での戦闘は終わったのであろう。 女王…。巣、一族も絶えないのであろう。 それが分かった瞬間、名もなき私は深い眠りについた。 終