平和憲法と私たちの暮らし
二つの「戦争」と平和に生きる権利
2009/06/07 海田町9条の会
二見 伸吾
広島県9条の会ネットワーク事務局員
/広島県労働者学習協議会講師
 
●はじめに
 
 
 
1.私たちがいま直面していること
 
●二つの「戦争」が国民にしかけられている
 
 1.アメリカのする戦争により深く協力し、アメリカとともに戦争する国に
 
 2.新自由主義、構造改革によって人びとの命が削られ、奪われるという「戦争」
 
アメリカのする戦争により深く協力し、アメリカとともに戦争する国に
 
  ▼そのために必要な日本国憲法前文と9条の改憲
 
自民党改憲草案前文 
《日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。
 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。
 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。
 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。》
 
 この前文を読み解くうえで大切なポイントは、何が書いてあるかということ以上に「何が削られたのか」ということ。
 @「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意」という原点です。
 A「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」したという、新しい平和のつくり方。 
 B「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」という「平和に生きる権利」。
 
 ▼第9条を変えることが、改憲の最大のねらい。 
 
 まず章のタイトルを「戦争の放棄」から「安全保障」に。
 9条1項は改憲案でもとりあえず、そのまま。平和を希求する第1項はとてもすばらしい。
 
《日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。》
 
 しかし、この第1項が残っているからといって安心できない。
 第1項の内容は国連憲章にあり、国連加盟国はすべて第9条第1項があるのと同じ。しかし、戦争はなくならなかった。
 
《A 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない》
 
 この第2項が9条の画期的な点であり、生命。
 
 事実、60年以上、戦争がなかった。この事実は重い。
 
 わずか43文字。内容も実にシンプル。武器は持たない、戦争する権利もない。これが「戦争をしない理想」を「戦争しない現実」に変えてきた。第1項の理想を実現する手だてが第2項。この第2項を削ることが、アメリカの要求であり、改憲の最大のねらい。
 そして、新たな9条2項には「自衛軍」としてつぎの四つが書き込まれている。
 
改憲案【9条2項】
《@我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
A自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
B自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
C前2項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。》
 ポイントはBの「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」というところです。「国際社会の平和と安全」という名目がつけば自衛隊改め、自衛軍が大手を振って戦争に行ける。
 戦争はいつだって美しい名目で始められる。「平和のため」「正義のため」「自由社会を守る」「国を守るため」などなど。
 憲法制定のとき、吉田茂首相が「近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実であります。ゆえに正当防衛権を認むることが偶々(たまたま)(思いがけず)戦争を誘発するゆえんであるとおもうのであります」(1946年6月28日)と衆議院本会議で答弁したとおり。
 
 いままでは「自衛隊」は軍隊でないという建前。だから「海外へは行かない」ということにもなっていた。「自衛軍」になれば、国連憲章の「集団的自衛権」規定をつかって、アメリカと一緒に戦争ができるようになる、というカラクリ。
 
  ▼なぜアメリカは日本に改憲を求めているのか
 
 ベトナム戦争敗北まぎわの1975年1月に出版されたGLOBAL REACH(邦題は『地球企業の脅威』)はアメリカ多国籍企業の思惑を次のように暴露しました。
 
《彼らは、アメリカの軍事力がいまなお世界の安定促進に重要な役割をもつことを信じているが、彼らはこの軍事力をいままでとは違ったやり方で−−もっと巧みに、もっと金のかからぬやり方で行使しなければならないと信じている。よく管理された町では、警察の目が常に光っているが、あまり目立たない。それと同じように、地球ショッピングセンター≠ヘ、強力であるが控え目な、そして可能な場合には多国籍の警察によって、平和が保たれる。国防総省の統計によると、アジア人の軍隊の維持費はアメリカ軍に支出される費用の15分の1に過ぎない。しかもアジア人の兵士もその両親もアメリカの選挙権がない。そこで現地の人々による軍隊≠利用して世界の秩序を保つことは、財政的にも政治的にも重要な意味があるのだ。》
 
《リモート・コントロール(遠隔操作)による戦争の実行は、ニクソン・ドクトリン≠フ本質的な要素である。……ニクソン・ドクトリン≠ヘ、徴兵制の代わりに志願兵制を導入し、新しい種類の兵士−−つまり控え目であるが、技術的な訓練を受けた職業軍人を必要としている。それは、また米海軍が用心深く沖合に存在することと、迅速位置決定&式の爆撃作戦を重視する。この方式によれば、死体の大半を政治的に問題を引き起こさない有色人種に限定できるからだ。》(リチャード・J・バーネット/ロナルド・E・ミュラー『地球企業の脅威』ダイヤモンド・タイム社)
 
    →堤未果『貧困大国アメリカ』(岩波新書)
     第4章「出口ふさがれる若者たち」
     第5章「世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」」参照 
 
 アメリカが指揮・命令し、兵隊は日本国民(自衛隊改め自衛軍)。そういう戦争をめざしている。
 
●新自由主義、構造改革によって人びとの命が削られ、奪われるという「戦争」
 
 こちらはすでに始まっていて、国民の上に爆弾がぼかすか落ちている。
 
 群馬県の無届け静養ホーム「たまゆら」の火災。
  その焼け跡を見た人「ここだけ空襲にあったようだ」(もやいの代表理事、稲葉剛さんの講演から)
 規制緩和(建築基準法、労働法制、タクシーなどなど)と民営化(国鉄、医療、教育、福祉…)
 
 ▼規制緩和の結果は…
  建築基準の緩和は、欠陥マンション、欠陥ホテルを生み、
  労働法制の緩和は、ワーキングプア、派遣切りを生み、
  タクシーなど交通の規制緩和は、事故を増やしている
 
 ▼「官から民へ」の民営化の結果は…
  国や自治体の公的責任の放棄。 自己責任の過度の強調とセット
  国鉄の民営化が引き起こしたもの 安全軽視(安全は削れば削るほど儲かる)
  2005年4月25日 福知山線の脱線事故
  医療 国立病院→独立行政法人 医師不足、ベッド不足で患者たらい回し
  教育 大学も独立行政法人へ
  福祉 介護保険、障害者自立支援法 つぎは保育園がねらわれている。
 
 ▼国民にしかけられた新自由主義・構造改革「戦争」で毎年3万人
 
 自殺者が3万にを超すようになって昨年で11年め(1998年〜)。33万人が「殺された」。15分に一人。
 
1996年12月 派遣法 16業務→26業務
1997年4月 消費税3%→5%
   12月 介護保険法公布
1998年5月 財政構造改革法改正
   6月 中央省庁等改革基本法公布
   8月 「経済戦略会議」の設置決定
1999年3月 金利ゼロに
  4月 労基法、女子保護規定撤廃など
2001年 雇用対策法「改正」、理念に「雇    用の流動化」を明記
2003年 派遣法、製造工程への派遣解禁
    労基法、3年から5年の有期雇用が可能に
2004年 年金改革関連法成立(「百年安心」まったく笑っちゃうね)
 
  日清戦争(1894-95)日本側 戦死1,417人、マラリアコレラなど病死11,894人、   負傷3,973人 中国側死傷35,000人
  日露戦争(1904-05) 死者8万8000人(日本側のみ)
 
2.「平和に生きる権利」を学ぼう、使おう
 
●第三の人権 平和に生きる権利
 
日本国憲法前文から【正文】
われらは、全世界の国民が、
ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 
【池田訳】
わたしたちは、確認します。
世界のすべての人びとには、
恐怖や貧しさからまぬがれて、
平和に生きる権利があることを。
 
 この「平和に生きる権利」というのは、戦争がなければいいということではありません。「恐怖と欠乏から免かれ」という非常に短い文が大切で人権の歴史が実は集約されている。
 
@「恐怖からまぬがれる」…圧政の恐怖から免れること。圧政というのは国民いじめのひどい政治のことです。ひどい政治の恐怖からまぬがれて自由に生きる、という「自由権」が、「恐怖からまぬがれる」という言葉の中にふくまれているのです。
この自由権は18世紀に起きたフランス革命で世界で初めて宣言。
 
A「欠乏からまぬがれ」る…貧しさからまぬがれて、豊かに生きるということ。ドイツ、ワイマール共和国が世界初。「すべてのものに人間たるに値する生活を保障する」ワイマール憲法151条)。
B「平和的生存権」「平和に生きる権利」。
 
平和的生存権というのは、単に戦争がない状態を意味しているのではなく、「自由で豊かで平和に生きられる世の中」に生きる権利のこと。そして、それが日本人だけにあるなんていうケチなことは言わない。「全世界の国民」に、そういう世の中で生きる権利があるんだと宣言したのです。日本国憲法は「一国平和主義」で、日本が平和であれば、他国のことはどうでもいい、なんて悪口を言う人がいるけど、とんでもありません。
 ですから、この平和的生存権は、戦争さえなければいい、ということにはならないのです。世界じゅうの人びとが人間らしく、自由で、豊かに平和な社会に生きることが保障されなければならない、と日本国憲法は考えている。平和的生存権は三重構造なのです*1
 
 この平和的生存権について、あくまで理念的権利であり、その侵害があっても裁判で争うような具体的権利でないという考えが学説上支配的でした。この点で、2008年4月17日に出された「イラク派兵違憲訴訟」において名古屋高裁判決が示した判断は画期的なものです。
 「(平和的生存権は)単に憲法の基本的精神や理念に留まるものではない」
 「裁判所に対してその保護・救済を求め、法的強制措置の発動を請求し得るという意味における具体的権利性が肯定される場合がある」
 
 この判決が出たとき、当時、航空自衛隊トップだった田母神(たもがみ)俊雄航空幕僚長は「私が(隊員の)心境を代弁すれば『そんなの関係ねぇ』という状況だ」と述べ、物議をかもした。
 
●「平和に生きる権利」は9条と25条を13条のこころでつないだもの。
 
 ▼日本国憲法の大黒柱 13条
 
  第13条【個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉】
すべて国民は、個人として尊重される。
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 
第13条池田訳 
すべての人びとは、個人として尊重されます。
法律をつくったり、政策をおこなうときには、
社会全体の利益をそこなわないかぎり、
生きる権利、自由である権利、
幸せを追いもとめる権利が、
まっさきに尊重されなければなりません。
 
   ポイントは2つ @個人として尊重される(=もれなく、例外なく)
           A生命、自由、幸福追求する権利がある
 
  ▼人間らしく生きる権利 25条
  
  第25条【生存権、国の社会的使命】
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営(いとな)む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない
 
第25条池田訳 
すくなくともこれだけは、というレベルの、
健康で文化的な生活をいとなむことは、
すべての人の権利です。
国は、
生活のあらゆる分野に、社会としての思いやりと、
安心と、すこやかさがいきわたり、
それらがますます充実するように、 
努力しなければなりません。
 
 たしかに、社会福祉は、児童福祉、老人福祉、障害者福祉などを含み、社会的に弱い立場の人びとへの「思いやり」だということができる。
 社会保障は、社会福祉を含んだ広い意味で使われることもありますが、ここでは公的な医療保険や医療制度、公的年金、労働災害への補償など、みんなの「安心」をつくりだします。
 公衆衛生は、伝染病の予防や母子保健、成人病の予防や食品衛生、上下水道の整備、屎尿やゴミの処理、労働安全衛生、精神病予防など、「すこやかさ」をつくりだし、維持し、広げていくこと。
 
 
3.主権者力を磨くために
 
 「戦争を起こさせない最大の保障は、ふつうの人びとが主権者、すなわち、国を動かす主人公になること」
 ▼9条の生誕地 ヒロシマ
 
 日本国憲法の第9条は、広島・長崎以後の国際政治の新たな現実を示す最初の、そして最高の表現である……その時、核爆発の余韻(よいん)はいまだ消え去らず、焼け焦げた肉体の臭気がまだ立ちこめていた。新たな時代の真の性格−−核戦争という途方もない不条理と、いっさいの軍事力が核戦争の防衛としてはまったく無価値であること−−が初めてその姿をみせたのが、まさにこの時であり、この場所であったのである。(ダグラス・ラミス『ラディカルな日本国憲法』晶文社)
 
 ▼核兵器廃絶のためには、日本国憲法の示す方向に国を動かすこと、変えること
 
  「戦争をなくすこと」と「核兵器をなくすこと」を一体のものとして
   核兵器による惨状によって、ここまで戦争がきてしまったのだから、戦争そのも のをなくす以外に道はない、というのが日本国憲法の考え方。
 
  日本国憲法実現のカベとしての
    日米安保条約(来年は新安保50年)と日米同盟路線
  
  憲法を選ぶのか安保を選ぶのか 
 
 ▼学んで愛し、語って活かそう日本国憲法
 
   日本国憲法で2つの「戦争」に立ち向かおう

*1星野安三郎『平和に生きる権利』(法律文化社)、星野安三郎・古関彰一『日本国憲法 平和的共存権への道』(高文研)