人間っていうのは時々どうしようもない嘘をつく。
 くだらない嘘、恥知らずな嘘、つかなくてもいい嘘、そして――明らかに嘘とわかる嘘。



 それがいつからだったかは、はっきりわからない。
 バレンタインとかホワイトデーとかに何かバタバタしてたのは知ってるけど、それ以前からのような気も、それ以降からのような気もする。
 まぁ、いつからかはともかくとして、とにかく美神さんとあのバカは付き合い始めた。
 あのバカも、私から見れば物足りなくはあるけども、悪い男ではない。
 美神さんだって、あのバカでもないかぎり付き合いきれないだろうし。
 馬鹿犬も鈍い割りに馬鹿犬なりに気づいたらしく、「師匠の幸せは弟子の幸せ」なんてことを言っている。しおらしいことだ。
 正直な話、あの二人が付き合おうがどうしようが知ったこっちゃない。
 ただ一つだけ問題がある。おキヌちゃんのことだ。おキヌちゃんも物好きなことに(世の中には意外に物好きが多い)あのバカのことを好きだったみたいだ。
 二人が付き合い始めたころからおキヌちゃんの様子が少し変わった。
 それまでより除霊に積極的になったし、なにより横島のところに行かなくなった。



 話は変わるけど四月一日はエイプリルフールといって、どんなに嘘をついてもいい日らしい。人間っていうのは本当にこういう馬鹿馬鹿 しいことを考えることに関しては天才的だと思う。
 まぁ私も仕方なく、本当に仕方なく人間界の常識を覚えるという口実――いや理由でエイプリルフールに付き合うことにした。
 嘘をつくほうでは馬鹿犬に幻術を使ってレモンを肉に見せて齧らせてみたり、ときどき私に捜査の協力という厄介ごとを持ち込んでくる西条に、こっちも幻術を使って髪が全部抜け落ちる幻を見せてやったりした。
 ――いつもと何が違うんだろう?



 逆に嘘を二つ程つかれた。
 一つはあのバカに、駅前の商店街で稲荷祭りがやっていてお稲荷さんが食べ放題だという単純で本当にくだらない嘘をつかれた。もちろん私はそんな嘘に騙されはしなかったけど。えっ?どうしていつもはしない散歩をしたかって?
 たまに体を動かさないと体に悪いじゃない?
 このこととはまったく関係ないけど、後であのバカの秘蔵の本とやらを燃やしてやろうと思う。

 そして二つ目の嘘。
 その嘘は寝る前に、本当に日付が変わる直前につかれた。いや、私がつかせたと言ったほうが正しいかもしれない。


 四月一日、その夜は美神さんと馬鹿犬は除霊に、横島は自分の家に帰っていて事務所には私とおキヌちゃんの二人しかいなかった。
お風呂から上がると、おキヌちゃんがソファーで本を読んでいた。

「なに読んでるのの?」

覗き込んでみるとどうやら霊能関係の本らしかった。

「うん、隊長さん……美神さんのお母さんがね卒業したらオカルトGメンに入らないかって」

「その勉強ってわけね、入るの?」

 まだ迷っているのか、おキヌちゃんは曖昧な顔をした。次の瞬間、私の口は理性とは離れて動いていた。

「断って」

 おキヌちゃんが本に戻しかけた視線を、再び私の顔に向ける。

「おキヌちゃんがいなくなったら、お稲荷さんを食べるのにわざわざ買いに行かなきゃいけないじゃないの」

 彼女は本を閉じ「ひどいなぁ」と苦笑すると、ソファーから腰を上げた。

「まだ卒業まで時間あるし、ゆっくり考えるわ。
 さて、と、そろそろ寝るね。あっ、さっき美神さんたちから電話があって帰るのは朝になるって言ってたからタマモちゃんも寝て良いよ」

 部屋を出かけたおキヌちゃんに、私は叫んでいた。

「まさかあの二人の邪魔にならないようにって変な気を使うんじゃないでしょうね」

 それは不愉快な感覚だった。
 その時私ははじめて気づいた、いや前世でもこんな感覚があったかもしれない。
 そう、私は思い出した。

「おキヌちゃん、あのバカのこと好きだったんでしょ」

 喋りながらでも、その言葉に後悔が生まれるということを。
 私の言葉のあと、おキヌちゃんはしばらくの間目を閉じていた。そして目を開くとこう言った。

「うん」

 私は、その空気に耐えられずにおキヌちゃんの瞳から視線を外し、謝る。

「…ごめん」

 返ってきたのは意外な言葉だった。

「なんてね、嘘」

 私の気まずそうな顔が崩れるのを見るとおキヌちゃんはフフッと悪戯っぽく笑った。
 それでも何も言えない私にこう続けた。

「嘘よ、今日はエイプリルフールでしょ。たしかに横島さんのことは好きだけど、そういう好きとは……違うよ」

 不自然なまでに明るく笑うおキヌちゃんの言葉。
 それが私が聞いたその日二つ目の、そして明らかに嘘とわかる嘘だった。

「嘘つき……」

 おキヌちゃんは、その言葉には答えず「おやすみ」と言い残し、自分の部屋に戻っていった。
 一人になった部屋で私は思わずつぶやいた。

「……バカ」

 それが自分への言葉なのか、それともおキヌちゃんへ向けたものなのか自分でもよくわからなかった。
 ふと時計を見ると、不揃いな針が嘘の日が終わったことを告げていた。